ミッションという宝物
仕事をする上でとても大切なこと。
それは仕事を通じて君自身のミッションを見つけられるかということです。(いま君に伝えたいお金の話 投資家村上世彰 幻冬舎)
ミッションは日本語にすると「使命」
“命を使う”と書きます。
人生をかけてチャレンジしたいこと。これができたら死んでもいいと思えるようなこと。
好きかどうかわからずに、たまたま出会った職業でも、夢中になって一生懸命取り組んでいけば、その仕事を通じてミッションが見つかることも実際にあります。
ミッションを見つけて、それを仕事を通じて達成するために取り組むことができれば、大変幸せなことです。
早いうちから好きなことや得意なことを見つけて自分に何ができるのかと考える努力をしてほしいと書かれていました。
村上世彰さんのミッションは、「日本を良い国にするために、投資を通じてコーポレートガバナンスを浸透させる」というものです。通産省の仕事を通じて、このミッションと出会い、得意だった投資の世界でこれを達成しようとファンドを立ち上げられました。今は個人投資家として、ミッションに取り組んでおられます。メディアによって悪いイメージが植えつけられてしまいましたが、村上さんの言っていることは一貫していると僕は考えています。
昨年、「生涯投資家」という本を出されじっくり読み、村上さんの考えと行動が理解できました。堀江さんの主催する会合で村上さんとお話する機会があり、立食形式なのに、誰も村上さんに話しかけないので、2〜30分独占でお話しさせていただきました。「なぜ日本に戻ってこようと思ったのか」という質問の答えが、村上さんのミッションです。
僕のミッションについてもお話します。
僕のミッションは、“みんなが自分の可能性に挑戦できて、やりたいことができて、幸せに生きられる社会を創ること”です。
もっと端的に言いたくて、
「自立して楽しく働く仲間を増やす」と言ったり、ここ2年くらいは「誰もが挑戦できる社会を創る」と言っています。
最近は、ビジョンとして「好きなことをして生きていく時代」と言うこともあります。
短く表現するのは難しい。長くていいなら、もうちょっとうまく伝えられると思います。
日本の学校教育では「みんなと同じようにやりなさい」という言葉を浴び続けます。自分の可能性に蓋をしたまま人生を終えてしまう人がたくさんいる。これは本当に悲しいことだし、もったいないことだと思います。何かやろうと思った時に無意識に刷り込まれた見えない鎖のせいで動けない。証券会社のサラリーマンの時には僕もそんなことを感じていました。
26歳の時、サラリーマンをしながら勇気を出して収益不動産を買って、初めて不労所得を得たことにより自分の人生の扉の隙間から光が見えました。
28歳の時、リーマンショックが起こり、もう少し勇気を出して大きな借金をしてマンションを一棟買ってから、扉は開きました。
30歳の時、実際に開いた扉の向こうに踏み出しました。サラリーマンを辞めて起業をしました。コワーキングスペースという新しい業態に挑み、恐る恐る歩き出しました。いろんな事業を立ち上げて、たくさんの失敗をし、投資や出資の話で痛い経験もたくさんしました。
35歳くらいでようやくこの自由に広がる世界の楽しさや、歩き方がわかってきました。
今は自転車を手に入れたくらいで、これまでは行けなかった、もうちょっと遠いところに出かけている感じです。でも、海を渡れたらもっと色んなものがあり、空も飛べたらもっと楽しいだろうと思っています。
うまく伝えられたかどうかわからないけれど、扉の隙間を覗くこと、扉を開くこと、そして開いた扉の向こうに広がる世界に足を踏み入れるのは勇気がいることですが、見ないで死ぬのはもったいない。
ぜひみんなにも見てほしいなと思っています。